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 元正天皇の御代に行基菩薩はこ  
    の地へ止まり、霊感を得られて開 創され、勅願寺となりました。 
       唐から帰朝された弘法大師は奥  
    の院の岩窟で求間持の法を修め、  
    大きな窪の側に堂宇を建て薬師如  
    来を刻んで本尊としましたが、こ  
    れが大窪寺の始まりです。大師は  
    四国巡行中手にしておられた三国 (日本・唐・天竺)伝来の錫杖を納  
    めて第88番結願の霊場と定められ ました。  境内から900mほど上った奥の院  
    の岩窪には阿弥陀如来が祀ってあ  
    ります。大窪寺は寺運の盛んな頃 には100を越す堂塔がありました  
    が、天正年間(1571-92)長曽我部 軍の兵火でほとんど焼失しまし  
    た。江戸時代に至り藩主松平公に よって再建されましたが、明治33  
    年の火災で焼失し、現在の堂塔は その後の再建によるもの。  |  
     いよいよ結願のお寺です。昔は  
    前山峠18kmを歩いた難所も今は山 門下まで車で行けるようになりま  
    した。「八十八番結願所」の石柱  
    を見ると結願のお遍路さんは、長 い88力所順礼の旅をふりかえり、  
    万感胸にせまるものがあることと 思います。  石段を上って鐘楼門をくぐると  
    正面一段高いところに、美しい女  
    体山を背にして本堂が建っていま す。  広い境内には本堂の左に大師 堂、その後方に多宝塔、本堂と並  
    び阿弥陀堂が建っています。本堂  
    や大師堂には結願して納められた  
    金剛杖や、病気快復のお礼の松葉  
    杖が数多く並び、胸のしめられる 思いがします。  |